数年前、親友が若くして病気で亡くなりました。仕事に私生活に何事にも一生懸命な彼女でした。
特に亡くなるまでの1年は彼女が必死に病魔と闘っているのを間近で見ていながら、何も出来ない自分にもどかしい思いでいっぱいでした。結局何も出来ずに突然彼女は亡くなってしまい、お葬式では悲しさと悔しさで涙が止まりませんでした。
本当は私が彼女を助けられたのではないかという想いがどこかにあったのです。
その後、自分も病気にかかりました。生きているのが嫌になって投げ出したくなる時が何度もありました。
そんな風にくじけそうになった時に思い出すのは、親友の闘う姿勢でした。
闘わずに逃げようとする自分は恥ずかしい、こんな所で自分が負けるわけにはいかないと思いました。そのおかげかずいぶん快方に向かいました。
今思う事は、私が親友を助けられたかどうかよりも、親友は私を助けてくれるために私と出会ってくれた事を大切にして生きよう、という事です。
そして、自分の人生を精一杯生きる事が、親友に対する一番の供養かもしれないと思うのです。
(福井県 : コンドウさま)