2007年7月11日水曜日

奈良県 ハタさま



父の友人でしたが、この6月に亡くなりました。

自由を好み、枠にはまることを嫌い、好きなアウトドア生活を満喫しておられました。
ボートにバイクに、風を切って走り去ってしまった突然の訃報に号泣しました。

いつも笑顔で誰にでも気軽に声を掛けてくれる、そんな素敵な人でした。

そんな人柄を慕ってか、若い人たちが葬儀にたくさんかけつけてきて、愛車のバイクのエンジン音と霊柩車の発車のクラクションが同時に鳴り響き、まるでまだ生きて単車に乗って走り出しそうなそんな感じでした。

まだ亡くなったことすら信じられませんが、ご冥福をお祈りして、ここに合掌致します。


(奈良県 : ハタさま)

2007年6月20日水曜日

大阪府 ヤマグチさま



私の祖母のお葬式の事です。

祖母は生前とても愛想がよく近所にたくさんの友人知人がいました。入退院を繰り返していたので、またすぐ退院すると思っていましたが別れは本当に突然でした。

バタバタを母や叔父・叔母がお葬式の手配を始め、会場となったのが祖母が住む自治会館や会場でなく、叔父や叔母の都合で家から車で1時間も離れた会場に決まりました。

お通夜も終えお葬式当日、告別式にはたくさんの方々がいらっしゃいましたが、本当に祖母と親しかった人は1割ほどで、それ以外はいわゆる「付き合い」というのでしょうか?聞いたこともないような議員さん、叔父たちの会社関係の人。

賑わいだけはありました。

本当に祖母と親しかった人は高齢なので、バスで1時間かけてくるのには負担だったと思います。
私は孫なので意見はできませんが、とても疑問でした。
派手でなくていいのです。本当に祖母を思い出し別れを惜しんでくれる人たちに見送って欲しかったのです。

天国で祖母はなんて思ってるのでしょう?私は気がかりでなりません。
今は祖母の好きだった水ナスをほおばりながら思いを馳せています。

(大阪府 : ヤマグチさま)

2007年6月6日水曜日

広島県 イシダさま



本当に普通、って言うと変に聞こえるかもしれませんが、でも葬祭会館でお葬式をするごく普通のものだったんです。

ただ、親族の悲しみが大きくてぐったりしている時に、会館の職員の方の優しさが嬉しかったことを伝えたくて。

目立たず動いてくださっているのですが、それでもちょっとした時にお茶を下さったり声をかけてくださったり。

どうしようもない悲しみの中であっても、心配りが嬉しかったです。

(広島県 : イシダさま)

2007年5月23日水曜日

兵庫県 マエゾノさま



私の父と母は、口喧嘩が絶えない夫婦でした。

私が結婚してたまに実家へ帰ると必ず、母からは父への愚痴を聞かされ、父からは母の愚痴を聞かされていました。
私は「この両親はよほど気があわないのだ。離婚しないのが不思議だ」と思っていました。

3年前、母が亡くなった時、通夜から葬儀の直前まで、父はずっと母の前で何も言わず座っていました。

その姿をみて私はやっと気がつきました。

父と母が口喧嘩をしてると思っていたのは、実はコミュニケーションだったのだ。愛情表現だったのだ。
本当に仲が悪いのなら、口もきかないはず。口喧嘩のような会話のある毎日、それは仲がいい証拠だったのだ。喧嘩相手のいなくなった父は、急に無口になりました。

葬儀の時、一言だけ母に向かって言葉をかけた、その一言は

「ママ、ありがとうな。息子と娘を生んで、いい子供に育ててくれて。」

私は、決して良い娘ではないけれど・・・。母の代わりにはなれないけれど・・・。
これからは母のいないぶん、父を守ってあげようと思いました。

(兵庫県 : マエゾノさま)

2007年5月9日水曜日

東京都 カトウさま


私の両親は、私が幼い頃事業を始め留守がちだった為、母方の祖母に預けられ、祖母との過ごす時間が多い私に祖母は、とても優しくそして厳しく育ててくれました。

年頃になり祖母の気持ちに答える事も少なくなり、祖母は一人でいる事が多く寂しそうでした。

ある日頭が痛いと言い倒れ、くもまっか出血で入院3日目の夜私が駆け付けると、意識が無く機械で生きている状態でした。
足には、死斑が出て泣きながらこすりおばあちゃんと呼ぶと、意識が無いはずの祖母は、立ち上がりそうな程力強く頷いてくれました。

それが最後でした。

お葬式では、綺麗に薄化粧をされみんなに見守られ立派なお葬式でした。
夜大きな真っ赤なお月様が私たちの帰り道を照らしてくれていた事が20年以上過ぎても忘れることが出来ません。

今でもお墓参りは、欠かすことの出来ない私の習慣です。


(東京都 : カトウさま)

2007年4月27日金曜日

神奈川県 ニシジマさま



私の祖父のお葬式の時でした。

祖父には18人の孫がいます。
普段はそれぞれの道を歩んでいる従兄弟達ですが、お葬式の時は一致団結して仕事を分担しテキパキとこなしていきました。

祖父のお陰で18人の孫全員が集まることができ、近況報告を兼ねてゆっくり語り合えました。

祖父を失ったことは大変悲しかったですが、親戚を沢山作ってくれ守って来てくれた事への感謝を改めて感じた日でした。

(神奈川県 : ニシジマさま)

2007年4月11日水曜日

埼玉県 イケダさま



小学6年生のとき祖父が亡くなり初めてお葬式というものに参列しました。

そのときは悲しみというよりも、ひとつの映画を撮っているような錯覚を起こすくらい、心に残っています。

お葬式では自分と同じ苗字の、生まれて初めて聞く関西弁をしゃべる親戚が結構いて、外国人と話している気分になりました。

隣に住むオバちゃんが、きれいな喪服姿にエプロンを付けて涙を流しながら手伝いをしている姿を不思議に思いました。

おばあちゃんの涙しているとこもはじめて見たな!

私は泣かなかったけど、人が亡くなるという出来事を必死に受け止めていたんだよな・・


(埼玉県 : イケダさま)